ハイクオリティーフィギュア、木彫フィギュアの専門店。一体一体手作りの魅力をご堪能下さい。   会社概要  お問い合わせ
会員ログイン

トップページ > 歴史物 > 戦国武将

直江兼続(正子公也原画)

前の商品 商品画像拡大表示 次の商品


直江兼続(正子公也原画)

商品番号  :
HF002
販売価格  :
8,640円
 (税込・送料別・手数料込)
製造会社  :
製造元:M-ARTS/発売元:こうげつ人形
生産地  :
中国
購入数  :
-


申し訳ございませんが、在庫不足のため購入ができません。


詳細説明

利を捨て義をとった戦国一の名参謀

戦国武将フィギュア 直江兼続 (原画・正子公也)
(C)2009 Kimiya Masago (C)2009 Kougetsu
直江兼続(1560年〜1620年)

上杉氏の家老。幼い頃から上杉景勝(上杉謙信の後継者)に近侍し、その後も景勝の右腕となり、上杉氏の中心人物と して手腕を発揮する。上杉謙信に影響され、義に厚い人物として評価されています。関ヶ原の戦いの遠因となった 「直江状」で有名。関ヶ原の後は徳川家康の許しを得て徳川方に属し、景勝とともに米沢藩の藩政の基礎を築きまし た。

戦国武将フィギュア 直江兼続
(原画・正子公也)

詳細
  • 【商品番号】115-001
  • 【商 品 名】戦国武将フィギュア 直江兼続
    (原画・正子公也)
  • 【サ イ ズ】高 さ 270mm
    横 幅 160mm
    奥行き 90mm
    ※サイズはそれぞれ最も大きな部分のサイズです。
  • 【仕 上 げ】ブロンズ風仕様
    精密ハンドメイド彩色
    アンティークカッパー
  • 【主な素材】コールドキャスト
  • 【商品内容】本体
  • 【そ の 他】発売元:こうげつ人形
    重量:約650g
備考
  • ●弊社商品はすべて職人・仏師の手作業にて製作しております。 一体ごとに木目や色味等が若干異なる場合がございます。また、よりよい商品をお届けする為、造型・彩色・彫刻には予告無く改良を施す場合がございます。その為、掲載写真とは若干異なる商品をお届けする場合がございます。
  • ●写真は入荷商品の中から無作為に選んだ実際の商品です。
  • ●実際にお届けする商品と掲載写真では色味が異なって見えることがございます。
  • ●事前の予告無くパッケージや梱包の仕様が変更となる場合がございます。
  • 以上予めご了承下さい。

戦国武将フィギュア 直江兼続 を詳しく見る
使い方:左の小さな画像をクリックすると、右側に大きく表示します。


関ヶ原の戦いの遠因になった「直江状」とは?

慶長3年(1598年)、豊臣秀吉の命令で上杉景勝・直江兼続主従はそれまでの越後から会津120万石に加増移封 されました。景勝は兼続に命じて会津新領内の城の修繕と新城である神指城(こうざしじょう)の築城、また、領内を 新しく作り直すために道路や橋の整備を進め、武具の調達をしていました。

一度は築城を許可した徳川家康ですが、上杉家を出奔した親徳川の藤田信吉や堀秀治が慶長5年に上杉家謀反を訴え ると、家康は申し開きのための上洛命令を出します。それに対して兼続が家康に送った返書が「直江状」と呼ばれる もので、要約した内容は以下のようになります。

一、上杉景勝は会津に移されたばかりで領国経営が忙しくそう簡単には上洛できません。また、こちらは雪国のため 10月から3月までは何事もできません。

一、武具の調達については、上方武士が茶道具を集めるのと同じに田舎武士が武具や兵糧を集めているのです。その 土地土地で風習が違うので不審に思うこともないでしょう。

一、城や橋、道路の整備に関しては、越後でもそうであったように国主として交通の利便性を図るのは当然のことで す。 それに各方面に伸びる道を作るということは、城を守るための道の整備でないことは分かるはずです。 それでも不審に思うなら、使者を遣わし会津を見に来れば私の言うことがわかります。

一、人や兵糧を集めて戦支度をしていると隣国で触れ回っている人がいることは知っていますが、それは無分別の輩 の仕業です。なぜ本気にするのでしょう。

この返信を見た家康は「こんな無礼な手紙は見たことも聞いたこともない。」と激怒し、関ヶ原の戦いへとつながる 会津征伐を決断しました。

伊達政宗を小馬鹿にした兼続の言動とは?

ある時、江戸城内の廊下で直江兼続は伊達政宗とすれ違ったそうです。そのとき伊達政宗は、自身が大名の地位にい る存在ですので兼続の方から挨拶をすると当然のように思っていましたが、兼続はそのまま会釈もせずに通り過ぎた といわれています。

政宗は兼続に対し「私に何の挨拶をしないで通り過ぎるとは無礼者!」と文句を言いましたが、兼続は少しもひるま ずに「長年戦場で何度かお目にかかったことはありましたが、いつも後ろ姿(逃げる場面)ばかり見ていました。正面 から見るのは初めてなのでまったく気付きませんでした。」と言ったそうです。

またある時、兼続が上杉景勝と一緒に大阪城へ上洛した際、伊達政宗が諸大名たちに「珍しい物を見せてやろう!」 と言って天正大判を見せつけました。その天正大判とは、天下統一した豊臣秀吉が天正16年(1588年)に作った 重さ44匁(165グラム)の史上でもっとも豪華な大判です。皆んなが珍しそうに見ている中、兼続だけは扇を広げ その上に天正大判を乗せて眺めていました。その姿を見た伊達政宗は兼続が上杉家の陪臣だから遠慮しているのだろ うと思い、「直接手で触って眺めても苦しゅうないぞ」と言ってあげました。すると兼続は「自分の手は上杉謙信公 の時代から先陣の指揮を任された手である。誰の手に渡ったか分からぬようなものに触れてはその手が汚れるから、 大判を扇に載せて見ているのだ」と言い、そのまま大判を伊達政宗の膝下へ投げ返したそうです。

会津120万石から米沢30万石への転封。兼続がとった行動とは?

米沢はそれまでの会津領の4分の1の石高の地です。通常は召し放ちなど現代で言うリストラをしてその領国に見合 う数の家臣とその家族を連れていくことが多いようですが、兼続は「人こそ組織の財産なり。来たい者はみんなつい てこい」と言って希望者全員を連れての米沢移住になりました。

その結果、上杉家を待っていたのは厳しい暮らしでした。上杉家は大変な財政難に陥りましたが、兼続自らも質素な 暮らしをしながら国造りに取り組んだといわれています。米沢市郊外には、兼続の指示で土地を開梱した武士の子孫 が今も暮しており、その家の周りには栗や柿、生垣にはウコギなどいずれも食用の木が植えられているそうです。 また兼続は、治水事業に力を入れて新たな土地の開墾を進めました。米沢城下を流れる最上川の上流は度々氾濫して 領民たちを苦しめていましたが、川の氾濫を治めるための石が3キロメートルにわたって積まれ、今でも「直江石堤 (なおえせきてい)」と呼ばれてその姿を残しています。兼続が新田開発に努めた結果、米沢は表高30万石に対して 内高51万石と言われるまでに豊かになり、その兼続の功績により米沢藩の基礎を築くことができました。

豊臣秀吉のヘッドハンティングを断った男

譜代の家臣を持たない豊臣秀吉は、大名に対する弱体化を狙い他家の家臣の引き抜きを行ってきました。徳川家康の 石川数正もその一人で、秀吉との外交交渉を重ねるうちに徳川家中で秀吉と通じているとの噂を秀吉方にまかれて、 結局は徳川家を出奔して秀吉の元に走りました。その後、家康は秀吉に軍制改革を迫られて、戦を避けるために秀吉 の風下に立たされることになりました。

主君上杉景勝の補佐役として頭角を現した直江兼続も、秀吉から山城守(やましろのかみ)の官位と山形30万石の贈 与など何度も引き抜き行為がありましたが、それらのすべてを丁重に断り、秀吉に「直江兼続は天下の仕置き(政治) を任せられる男なり」といわしめた極めて忠義に厚い名将でした。

また兼続の死後は、兼続自身の息子の早世や他家との養子縁組の解消などが原因で直江家は断絶しました。しかしそ れは、上杉家の減移封を招いた責任を感じていたため、高禄の直江家の知行を返上することで上杉家の財政を助ける ため、兼続が意図的に直江家を断絶させたともいわれています。

家臣が主君を選ぶその時代、いわゆる「義を捨て利をとる」時代において「利を捨て義をとった」兼続の人生訓は、 時代を超えた美的意識に包まれています。まさしく「日本人的意識」で、現代人が忘れている精神でもあります。 「利を捨て義をとることが更なる利を生む」ことになるのでしょう。我々エムアーツも「利を捨て信頼をとる」精神 で、これからもお客様のお役に立ちたいと思っております。

正子公也(作家)について

絵巻作家。 1960年、岡山県生まれ。 中央大学理工学部物理学科卒。
大学在学中、寺沢武一氏に師事、寺沢プロダクション制作部長を経て、89年独立。
『三国志』『水滸伝』『戦国武将』などに題材をとり、時代背景から人物の内面までを鮮明に描ききる、豪快にして繊細な作品は他の追随を許さない。 現代を代表する歴史・武将イラストの第一人者である。

  • 1990年 カラーコミック誌「A-ha」にて、処女作「ルオーの道化師」連載
  • 1994年 第一画集『龍闘野』(トレヴィル)を上梓
  • 1997年 第二画集『絵巻三國志』(光栄)を上梓
  • 1999年 第三画集『絵巻水滸伝 梁山豪傑壱百零八』(グラフィック社)を上梓
  • 2001年 CD-ROM『SUIKODEN−The Chinese Traditional Story』(XSIV)をアメリカで発表
  • 2003年 陳凱歌監督(『さらば、わが愛/覇王別姫』、『始皇帝暗殺』)の2005年公開作品 『無極−THE PROMISE』で、衣装デザインを担当(2006年日本公開)。
  • 2005年 塩田明彦監督作品『どろろ』(2007年公開)でヴィジュアルコンセプトデザインを担当
  • 2006年 第四画集『百花三国志』、愛蔵復刻版『絵巻水滸伝 梁山豪傑壱百零八』を魁星出版より同時刊行『無極−正子公也デザイン画集』をキネマ旬報社より刊行
  • 2007年 『絵巻水滸伝』(森下翠との共著)第一期全十巻刊行 上海大学および中国美術学院にて講演(“中国古典の挿絵と映画における美術デザイン”)

おすすめ商品
武田信玄A4クリアファイル(正子公也原画)
武田信玄A4クリアファイル(正子公也原画)
直江兼続A4クリアファイル(正子公也原画)
直江兼続A4クリアファイル(正子公也原画)
前田慶次A4クリアファイル(正子公也原画)
前田慶次A4クリアファイル(正子公也原画)
伊達政宗A4クリアファイル(正子公也原画)
伊達政宗A4クリアファイル(正子公也原画)